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東京地方裁判所 平成2年(ワ)7010号 判決

主文

一  原告(反訴被告)と被告(反訴原告)らとの間において、原告(反訴被告)が昭和六三年四月一四日被告(反訴原告)甲野太郎からダイワ電機精工株式会社の株式五万九一六三株、同甲野花子から同会社の株式二六〇〇株を買い取つたことにつき、原告(反訴被告)が被告(反訴原告)甲野太郎に対し一五億〇四九二万九二三一円の不当利得返還債務及び同甲野花子に対し六六一三万六二〇〇円の不当利得返還債務を負わないことを確認する。

二  被告(反訴原告)らの反訴請求をいずれも棄却する。

三  訴訟費用は、本訴反訴を通じ、被告(反訴原告)らの負担とする。

理由

一  本訴の請求原因について

本訴の請求原因事実は、当事者間に争いがない。

二  本訴の抗弁及び反訴の請求原因について

本訴の抗弁1ないし4、反訴の請求原因2の各事実は当事者間に争いがない。そこで、本件の争点である本訴の抗弁5、反訴の請求原因3の事実の有無、すなわち、本件第一売買、第二売買が錯誤により無効であるかどうかについて検討する。

1  右の当事者間に争いのない事実及び《証拠略》を総合すれば、以下の事実を認定することができる。

(原告がダイワを支援するまでの経緯)

(一) ダイワ(資本金一一億円余)の代表取締役社長であつた被告甲野太郎は、昭和六一年六月頃、乙山経理担当取締役が二重帳簿によつて不正な会計処理をしていたことを知り、同年八月二五日頃、ダイワには約八億円の累積赤字があることを知つた。

(二) 被告甲野太郎は、ダイワの態勢を立て直すためには他社に協力を要請するほかないと考えて数社に支援を求めたが、同年九月頃には原告(資本金八二億円余)に支援を求め、同月三〇日に原告の代表者中村と面談した。

(三) ところで、原告は、電子部品の製造販売業者であつて、集積回路の搭載されるプリント配線基盤(原告の売上げの約二〇パーセントを占めるもの)を製造していたが、ダイワから右プリント配線基盤の外形の打抜金型の約八〇パーセントの供給を受けていた。

(四) そこで、原告は、同年一〇月八、九日、社員をダイワに派遣して実態調査をしたところ、ダイワの経理が複雑で乱脈をきわめていることが判明したが、右(三)のような原告とダイワとの関係からダイワを倒産させるわけにはいかないため、その支援を決定した。そして、同月二八日、原告の代表者中村らと被告甲野太郎らとの間で、原告がダイワの銀行借入れを保証する方法で資金援助をすること、右資金援助についてはダイワが原告に担保を提供すること、原告が社員を派遣してダイワの会計処理や経営について指導をすること、他にダイワの支援者がいるなら是非その支援者に協力してもらつてほしいこと等の協議がされた。

(原告の支援)

(一) 昭和六一年一〇月三一日、ダイワは、原告の保証により株式会社第一勧業銀行から三億円の融資を受けた。

(二) 同年一一月、原告は、中沼専務ら四名をダイワに派遣した。被告甲野太郎は、原告の代表者中村にダイワの経営に関する一切の権限を委任し、代表者印、銀行取引印および手形、小切手を預け、原告の社員が、代表者印、銀行取引印など会社経営に必要な印章等及び銀行通帳、小切手帳、経理関係帳簿を管理するようになつた。

(三) 同年一一月末頃、太田昭和監査法人が作成した監査報告書などによつてダイワの経理状態が予想以上に悪化していることが判明し、また、同年一二月に入つてから、ダイワは昭和六二年三月までに五億円を超える追加融資を受ける必要があることが明らかになつた。

(四) 昭和六一年一二月二七日に原告の取締役会が開催され、ダイワへの支援を継続し、五億円を超える追加保証をするにあたつては、原告の株主に対する責任を全うし、かつ、ダイワの社員を救済するため、原告が実質的な経営者にならざるを得ないという判断がされた。そこで、原告は、ダイワに対し、支援を継続するためには、本社を移転し、役員の報酬を削減し、かつ、社長以下全役員は経営にタッチしないこと、社長の個人保証は累積赤字が一掃するまで解かないこと、ダイワが将来減資を実施すること等の条件を提示した。被告甲野太郎は、右条件を全面的に承諾する旨の回答をした。その結果、原告は、ダイワの支援を続けることにした。

(五) 昭和六二年に入つて、原告が保証したため、ダイワは、五億五〇〇〇万円の融資を受けることができた。

(減資・第三者割当てによる新株発行)

(一) それにもかかわらず、ダイワの昭和六二年三月期の決算においては、過去の粉飾決算の分も含めると三〇億円以上の赤字が予想された。そこで、同年四月ころ、原告の中沼専務は、被告甲野太郎に対し、原告の意向として、同期の繰越損失金を償却するには減資する以外に方法がないこと、ダイワを再建するためには、原告がその発行済株式の総数の過半数を取得しダイワの経営に参画することが必要であるので、減資をした後、新株を発行しこれを第三者(原告)に割り当てること、原告側の者をダイワの取締役に選任することを提案した。これに対し、被告甲野太郎らダイワの旧経営陣や株主から減資割合等につき反対があり、原告は、被告らと交渉を続ける一方、同年五月から六月にかけてダイワの株主に対して経過を説明し、説得をした。

(二) 同年六月一九日、二一日にされた原告側(中村社長、尾崎弁護士)とダイワ側(被告甲野太郎、松尾弁護士)との合意により、ダイワの資本金を四分の一に減少させること、その後原告がダイワの発行済株式の総数の五一パーセント以上を取得するように第三者(原告)割当増資をすることとされた。

(三) 昭和六二年八月六日、ダイワの株主総会において以下の決議がされた。

(1) 旧株式四株を無償併合して新株式一株とすることにより、資本金を一一億一七二五万円から二億七九三一万二五〇〇円に、すなわち、四分の一に減少させる。

(2) ダイワの取締役甲野花子、明渡晃弘、小林伸吉、監査役中井義郎、土井章は退任する。

(3) 原告は、新たにダイワの取締役として中村正夫、仲村英一郎、平岩勝、江尻八郎を、監査役として森川良信、中川貞夫を派遣する。江尻を代表取締役専務に選任する。

(4) 被告甲野太郎は、代表取締役社長として残る。

(四) ダイワ(代表取締役 被告甲野太郎)は、取締役会の決議を経た後、同年九月頃、第三者割当てによる新株発行を行い、原告は発行した株式二七万株を一株五〇〇円で取得したが、これにより原告のダイワに対する持株比率は五四パーセントとなつた。(争いがない。)

(本件第一売買・第二売買の締結)

(一) 昭和六三年二月から三月にかけて、被告甲野太郎から原告代表者中村に対し、「営業から離れたい。自分の株を引き取つてもらつて、代表権を返上したい。」と言う申し出があつた。その結果、同年四月一四日、松尾弁護士によつて両者の意見が調整されて第一覚書が作成され、本件第一売買がされた。

(二) 平成元年に入つて、被告甲野太郎は、再度ダイワを経営する意欲を見せたがこれを実現できず、結局、「早急に退社するから、将来受ける予定の給料の支払いを前倒しにしてほしい。また、退職金も含めて、もつと多くの現金を欲しい。」と申し入れたので、松尾弁護士を調停役として話し合いをした結果、同年三月二四日に第二覚書が締結され、本件第二売買がされた。

2  右1で認定した事実によると、昭和六二年八月、資本金一一億円余のダイワとしては、約三〇億円の累積赤字を償却するために減資をせざるを得なかつたこと、資本金八二億円余の原告がダイワを再建するため八億五千万円の債務保証をするには、株主に対する責任等の点から、援助先の会社(ダイワ)の経営について主導権を握る必要があつたこと、そこで、ダイワの取締役会の決議に基づき代表取締役被告甲野太郎がこれらの事情を了解のうえ、減資、第三者割当てによる新株発行をしたこと、一方、被告らは、さきに認定したような一連の本件新株発行の過程を経てダイワの経営について実権を失つたので、そのことに失望し、かつ、代表権を返上するなどすれば現金を取得することができたため、本件第一売買、第二売買をしたことが明らかである。

被告らは、本件新株発行が商法二八〇条ノ二第二項の規定に違反するから無効であるのに、本件新株発行が適法有効にされたものと誤信して、本件第一売買、第二売買をしたから、本件第一売買、第二売買はいずれも錯誤により無効である、と主張する。しかし、本件の場合、さきに認定した事実によれば、ダイワの取締役会の決議に基づき代表取締役であつた被告甲野太郎が新株を発行したというのであるから、たとえ本件新株発行がダイワの株主総会の特別決議を経ることなくダイワの株主以外の者(原告)に特に有利な価額をもつてされたものであつたとしても、もはやダイワの株主の利益よりも本件新株の取得者(原告)、ダイワの債権者の保護等外部取引の安全を重視すべきであつて、右の株主総会の特別決議を経ていないという瑕疵は本件新株の発行そのものを無効ならしめるものではない、と解すべきである(最高二小昭和四〇・一〇・八判、民集一九・七・一七四五頁、最高二小昭和四六・七・一六判、判例時報六四一・九七頁参照)。

そうだとすると、本訴の抗弁5の事実及び反訴の請求原因3の事実を認めることはできない。

三  結論

以上によれば、本訴については、請求原因事実はこれを認めることができるが、抗弁5の事実を認めることができないから、その余の点について判断するまでもなく、原告の本訴請求は理由があるというべきである。

また、反訴については、請求原因3の事実が認めることができないからその余の点について判断するまでもなく、被告の請求は理由がないというべきである。

よつて、原告の本訴請求を認容し、被告らの反訴請求を棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九三条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 増井和男 裁判官 中西 茂 裁判官 花尻裕子)

《当事者》

原告(反訴被告) 北陸電気工業株式会社

右代表者代表取締役 中村正夫

右訴訟代理人弁護士 内山弘道

右訴訟複代理人弁護士 北之園雅章 同 森島庸介

被告(反訴原告) 甲野太郎 〈ほか一名〉

右両名訴訟代理人弁護士 若新光紀

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